s/

AI時代になって、ものづくりがまた楽しくなった

コードが書きたいわけでもインフラを運用したいわけでもなく、ただものづくりがしたかったんだなと思い出した。学生時代のhtml/cssの感動と、web1.0時代のカオスな自由さについての雑記。

shinofara3分で読める
目次+

AI時代になって、ものづくりが前より楽しくなった

最近、ものづくりがまた楽しいなと思う。AIに手伝ってもらえるようになって、頭の中にあるものを形にするまでの距離がぐっと縮まった感じがする。

それで気づいたんだけど、僕は別にコードが書きたかったわけじゃないんだなと。インフラを運用したいわけでもなかった。ただものづくりがしたかっただけで、コードもインフラもそのための手段だったんだなと、いまさら整理できた感じ。

手段が手段だって自覚できると、わりと気が楽になる。「ここは別に自分が頑張らなくてもいいや」とAIに渡せる部分が増えて、自分はつくりたいものの方に集中できる。

そういえば最初の感動はhtml/cssだった

たどっていくと、一番最初の「うわ、できた」っていう感動は学生時代のhtml/cssだったなと思い出した。

書いたものがブラウザにそのまま出る。色を変えたら色が変わる。なんてことないんだけど、自分の手で画面の中になにかが立ち上がる感じが、まじで楽しかった。

いま思えばあの頃の楽しさって、技術がすごいとかじゃなくて、つくったものがすぐ目の前に出てくる、そのループの速さだったんだろうな。AIで開発してて楽しいのも、たぶん同じところな気がする。

web1.0のあのカオスさ

で、web1.0時代のものづくりって、まじでカオスだった。自由、なんでもあり。

謎のヒットカウンター、工事中のgif、勝手に鳴るBGM、フレームで区切られたレイアウト、背景に敷かれた読みにくいタイル画像。いまの基準だと「やめとけ」って言われそうなものばっかりなんだけど、あれは誰かに見せるための最適化とかじゃなくて、つくりたいからつくってる感じがすごくあった。

ベストプラクティスもアクセシビリティもSEOも、当時はそんなに気にしてなかった(というか知らなかった)。整ってはないけど、その分めちゃくちゃ自由だった。

いまはなんだかんだ作法が増えて、つくる前に考えることも多い。それはそれで大事なんだけど、あのなんでもありの空気は、ちょっと懐かしい。

で、いままた近い感覚がある

AIで雑につくって、すぐ動かして、ダメだったら捨てる。このサイクルが速くなったおかげで、web1.0の頃の「とりあえずやってみる」みたいな感覚が、また戻ってきた気がしてる。

きれいにつくらなきゃ、ちゃんと設計しなきゃ、っていうのを一回脇に置いて、思いついたものをそのまま形にしてみる。できたら嬉しいし、ダメでもそんなに痛くない。

それこそ、いま読んでもらってるこのブログ自体も、スマホからClaude Codeに指示を出してUIをちょこちょこ変え続けてる。電車の中とかソファでだらっとしてるときに「ここの余白もうちょい欲しい」とか「この色変えて」って投げると、勝手にコード書いてPRまで出してくれる。エディタすら開いてない。

これ、web1.0の頃にFTPでindex.htmlを上書きしてはリロードしてた、あの感じにわりと近い。手元の道具は全然違うんだけど、「思いついた→いじった→すぐ反映された」の距離の近さは似てる。むしろ当時より速いし、寝転んだままできる。

別にオチがあるわけじゃないんだけど、ものづくりがまた楽しくなってるっていうだけで、わりといい時代だなと思ってる。たのしい。