「自由になるために独立」「自由な社風の会社」とかとか、「働く」と「自由」がここ数年前から増えてきて、今ではよくよくツイッターのタイムラインやはてぶでも見かける状態かなと感じてます。(観測者はN=1)
そもそも自由ってなんだろうね。とふと思ったところから少し沼にハマったので、雑に整理して残そうと思いました。
### 自由
自由って何?と問われると、「何物の制約を受けることなく、自分で考え行動できる状態」的な事が浮かぶかもしれない。
多分それが自由かもしれない。ただ現実それが出来ない事が殆どかもしれない。というのも「その人にとっての自由が、他人の自由を奪うことにも繋がる」と思う。
例えば「お金が欲しいだから、奪う」自由があった場合、被害を受ける側はお金、時間、そして最悪命も奪われるかもしれない。
絶景や、面白い動画を撮影した結果、命の危機や逮捕などに繋がる問題も起きたりしている。
自由にした結果誰にも影響が無いことももちろんあるけど、人に何かしらの影響を生み出す事に繋がる事が多い。電車を撮影するのに邪魔な桜の木をかってに伐採した事で、それを楽しみにしていた人たちに影響を与えたり様々
しかし「明日から自由」と言われても、法を犯す事や命に関わるリスクがある事をやるひとは少ないんじゃないかな。少なくても僕はしようと思わない
今日までに蓄積してきた善悪の区別、モラル、法関係、町や社会文化など様々な物の影響を受け、意識的に(無意識的にも)その行動が選択範囲に入らないのかなと。
その結果、行使する自由は、ある程度の範囲内に収まるのかなと。
※ただし全員の範囲は異なるので僕はしないリスクを誰かはするはあると思う
つまり、「自由には様々な責任がつきまとう」状態になるのかなと。何をするのも自由だけど、自己責任。けど、みんながみんなの思う責任で自由を謳歌すると、やはり問題が生じる。
人が人と共存する。かつそれぞれが自由であるためには、人と人の間に仕組みが必要
[https://gendai.ismedia.jp/articles/-/83417?page=3](https://gendai.ismedia.jp/articles/-/83417?page=3)
には `**自由を確保するには、法律が必要だ。自由と法律はメダルの裏表。これが、西欧の常識である。**` **とある。**
つまり法律という仕組みに反する事がなければ自由。時代が進み法律が合わなくなったら変えていくそういうイメージ。数十年前までは同性結婚が認められなかった(認めてないというより、当時の想定にはなかっただけ?これはわからないからスルー)が、時代が進み自由に恋愛・結婚という事が強まってきたけっか、海外では法で定義されるようになったなど。時代によって自由の解釈を変えながら変化している
話を戻すと、仕組みを作らないと人と人の間で問題が起きる、構築時にはそれでよかった仕組みも時間によって時代にあわなくなるので、その時その時未来も見据えて変化し続ける事が大切。それによって自由にしてても問題を起こさず歩める。
※ここでは法律と書きましたが、宗教や家族ルール、村文化など様々なものがあると思います。
### 働くと自由
そして「自由」に「働く」という観点で整理をすると。
※ここでは会社に更にスコープを絞ります。
やはり会社も同じで、自由に好きに働いてください!だと自由にしていいよ!って言った側も、自由に行動した側も不幸になってしまうだけじゃないかな。
例えば「自由」にしていいよ!ってもしなったとしてもToB企業なのに、ToC向け企画・開発をしてしまうとなんで。という話になってしまう。
とはいえ多くの場合はそうなることは無い気はしていて、これは会社のポリシーなのか、成約なのか、なんなのか言葉を考えると難しいけど、この会社において無意識的に(意識的にも)やっていい範囲というものが存在しているからだと思う。そもそも○○系ToB企業に入社してるので、そのスコープを意識しているからかもしれない。しかしそこにはなにの約束も無いので保証も無いかな
「自由な会社」という言葉のより昔は年功序列でヒエラルキー型組織だったのは、上が下をマネジメント(管理やコントロールといった支配傾向にあるかもしれないが、必ずしもそうとも言えない)することで、TOPの考えやある職位の考えに向かって進んできた。それが時代に会っていたのかもしれない。
ただ今の世界は物が溢れかえってる事と、すぐに色々な物が登場するため、導入して終わりではなく不確実性が高い世界。だからこそ可能性を見出してチャレンジし続けていく事が大切になる。そのためにはイノベーションが起きやすい状態を作るかが大切。
イノベーションを起こすにはTOPが考えて起こせる事もあるだろうけど、全員が自由に考え挑戦できるほうが数打てる為その確率も高まると思う。とはいえ自由に何でもは、前述した通り「会社として」とか「他のメンバーの自由を奪う」とかがあって、結果自由に動けないに繋がるだけでしか無いので、そのためのポリシーを会社が(もしくは自分たちで)作って、ポリシー内であればとか、任されている責任範囲内に置いてはなど、どういう範囲でならどこまで自由にしていいのかを明確化していくことで、会社員として自由に働ける環境ができて、自由に働いているという状態と言えるのかもしれない。
従来どおりのルールや支配で自由をコントロールするのではなく、ポリシーなどによって自由にできることをどんどん増やしていく事も組織としては大切になりそうだなと思う。
会社のサイズによっては、できるできないがあるかもしれないけど、会社は自由にしてもらったほうがパフォーマンスが出ると考えているとしたら、「自由に関してのポリシーを定めて行く」事と、働く中で自由になることでバリューが出る事であれば、どんどん「ポリシー変更を求めて行動して変えていく」ことの2つのアクションが起きてると、その会社は常に自由に働くに向き合い続けてる環境と言えるだろうし、みんなが自由であるために行動してる環境でもあるのかなと
「自由」に関してあまり言語化されていないので、書いてみたけど。言語化は難しいですね。
本当はNetflixのこれくらいのシンプルな文章を書きたかった
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[https://jobs.netflix.com/culture?lang=日本語](https://jobs.netflix.com/culture?lang=%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E)