事実と自分の中にあるもの(意見・感情など)を分けるといいよね
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事実と自分の中にあるもの(意見・感情など)を分けるといいよね

Date
November 6, 2023 8:10 PM (GMT+9)
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📝 メモ

上記の「事実と意見」や「事実と感情」はことなるコンテキストで話されていますが、どちらにも共通している事は、「事実」という人に依存しない事と、「意見」や「感情」といった人によるものを分ける事がコミュニケーションはもちろん、情報の整理には大切だという話が書かれています。

事実
と自分の中から出た物(
意見
・感情など)が混ざった状態だと、問題を間違える可能性があるよね

例えば上記記事では以下の通り書かれています。

AさんはBさんのことが大嫌いだから、Bさんに会う度に嫌な気持になったり落ち込んだり、Bさんと会わないようにしようとします。

これの問題は何か考える時に混ざってしまっていると、「Bさんに問題がある」と捉えてしまう。

すると、Aさんは周りの人にBさんの悪口を言ったり、Bさんがいるから私が辛いという被害的な考え方になり、AさんはBさんから逃げるか、Bさんの問題をAさんの価値観で正そうとしてしまいます。

もちろんBさんが攻撃的とかそういう話であればBさんになるかもしれませんが、このままでは何が問題かわからないけど、自分の中ではBが変わらないと無理という、一番難しい解決策につながると思います。

そして事実と意見(感情)を整理すると

事実:Bさんという人がいる

感情:Bさんという人を見て私が嫌な気持ちになる。

少なくてもAはBを見ると嫌な気持ちになりますが、事実はBがいるだけです。その時にA以外がどう感じているかも大切になります。

事実:Bさんという人がいる

Aさんの感情:私はBさんは嫌いだ

Cさんの感情:私はBさんは好きだ

Dさんの感情:私はBさんのことはなんとも思わない

この通り嫌な思いをしているのはAだけの場合は、少なくてもAの感じ方を変えていく事が大切に見えてきます。もちろんBがAにだけパワハラしてるとか、嫌な目で見てくるとか、そういった事実がある場合は話が変わります

これは記事の中の例ですが、事実と意見(感情)が混ざったままだと本当に伝えたい事や、本当の問題ではないものに向き合う可能性が生まれるため、とても大切

事実
と自分の中から出た物(
意見
・感情など)が混ざった状態だと
対話
が難しくなるよね

例えばチームメンバーが「そろそろやばいのでAをやりましょう」とリーダに提案したとします。リーダは「なにがやばいの?」とか「どんな状況?」、「いつくらいまで持ちそう?」とか色々質問すると思います。まだそこで終わればいいですが、もしメンバーが「バグがいっぱいあって問い合わせも来てます」と返したとしても、リーダは「どんなバグがあって、どんな問い合わせがあるんだろう?あと頻度は?」とか延々とラリーする事になるとおもいます。

もしかしたら問い合わせは1回しか来てないかもしれない、もしかしたらバグは無いかもしれない、事実は何かリーダには分からない状態です。まず議論などの話をする場合は、景色を合わせて行くことがとても大切です。そのためには自分の中だけにしか無い物(意見・感情)ではなく、事実で話していくことが大切。

事実としてバグめっちゃあるじゃん、問い合わせ1件だけど、これめっちゃクリティカルじゃんとかそういう事実がでたら、じゃあそれに対してどうやるかという話がやりやすくなる。

この記事では解釈とありますが、意見・感情・解釈どれも自分の中から出てきた物ですので、同じかな

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